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切り取られた世界

小説や詩の置場です。

『ハイテンの馬』

第四回ヤマケン例会に出展する作品です。
原稿用紙で12~13枚程度。
  





    『ハイテンの馬』




 「この日が旅に出るには絶好の日和なんだ」
 「はぁ。」
 「今の時期なら車も空いているし、しんどくなったらワシが運転を変わることもできる。」
 「はぁ。」
 「なんじゃ、お前は『はぁ』としか言えんのか。」
 「はぁ。」


 しばらく連絡の無かった親父からの突然の電話にも驚いたが、週末の連休に車で旅行に行く段取りを既に決められていたのにも驚いた。とにかく親父は言い出したら聞かない性質なのだ。連休中は仕事の都合で出社する予定だったのだが、今更抵抗する気力も無く、スケジュールを調整して親父のワガママに付き合うことにした。上司からの視線が怖かったが仕方が無い。親父とは鼻から勝負にならないのだ。
 何とか仕事のカタをつけて、金曜と月曜に有給を取れたのは運が良かった。金曜に荷物をまとめて自分の実家に車で戻り、旅行に行くのは実家に戻った翌日からという寸法だ。

 長いドライブの中では、キリンジのアルバムのテープをたっぷりと聴いた。中でも『鋼鉄の馬』は旅情を誘う良曲だ。
 「どこへ行こう・・・」
 曲の一節を口ずさんでいるうちに、車は高速道路の乗り換え地点にたどり着いた。ここを過ぎた後は、考える間もなく一直線だ。


*****

 実家に帰省した時には、既に夜も更けていた。久々に会った親父は、髪に霜も降り、体も幾分小さくなっていたようだったが、相変わらず眼光は鋭いものだった。船舶の技術部門を担当していた、たたき上げの技術者。我が道を行く頑固親父。今時の少年漫画にも出てこねぇよ、とこぼしてみても、現にいるのだから仕方が無い。門限を破って袋叩きにあった時代に比べれば遥かに自由になった身分とはいえ、未だに身体は自然と緊張するものだ。
 「なんじゃ、ぼけっとして。明日からの旅行の細かい計画を立てるぞ。」
 親父は自分の部屋から地図帳を持ってきて、パラパラと本のページをめくり始めた。
 「電話で話したが、宿泊するのはここだ。宿まではここを通るのでどうだ。」
 「うーん、こういうルートなら別に車で移動しなくても電車でもいいんじゃないかな・・・ガソリン代も高いわけだし。」
 親父は顔を見上げると、勝ち誇ったようにふふんと鼻を鳴らした。
 「分かっとらんな。この道中は車で移動する際の景色が素晴らしいのだ。電車での景色も見飽きとるしのう。」
 一体誰が運転すると思っているんだ、と不満に思いながらも、大まかな運転計画は出来上がった。ここまで詳細に運転計画を考えているなら何で親父は一人で行かないのだろうかという疑問が浮かんだが、あえてその疑問は口にしないことにした。質問しても、くだらないことを聞くな、で終わりだからだ。



 「さて、明日から旅行だし、ワシはそろそろ寝ることにする。お前も早く寝るんだぞ。」
 頭の上をわしゃわしゃかきながら、親父は自分の部屋に戻っていった。長旅の疲れか、緊張が抜けたのか急に瞼が重くなってくる。
 座布団の上で身体を横にしたところで、お袋が部屋の中に入ってきた。
 「あらまぁ、そんなところで寝てたら風邪引くよ」
 あぁ、と言って上体を起こし、軽く背伸びをする。
 「いよいよ明日から旅行なんね」
 「まぁ、『いよいよ』って意気込むほどのものじゃないんだけどね」
 ふらっと立ち上がって部屋に戻る時に、背中から声が聞こえてきた。
 「無理しないで、楽しんできなさい」




――――――――――――――

 親父の言っていた通り、土曜は旅にはうってつけの日和だった。心だけでなく身体まで吸い込まれそうなライトブルーの空。明日の天気も心配なさそうだ。
 車に荷物を詰め込んでいると、親父が白い包みをリュックから出して俺に渡した。
 「この中に車内で聴く用のテープを入れとる。これをかけとくれ」
包みを開けてみると、120分のテープが5つくらい入っている。また昔に聴かされたような曲ばかり流れるのか・・・少年時代に山ほど聴かされた歌謡曲のフレーズを思い出しながら、車のドアを開けた。エンジンを吹かして、オーディオのスイッチを入れる。一曲目はいつも通り、井上陽水の『海へ来なさい』だ。


*****

 今回の旅行の目的地は宇和島だ。親父が40年も昔、仕事の関係で滞在していたことがあり、今でも昔の知り合いが多く集まっているようだった。
 「あそこの店はな、タイの刺身をタレに浸したのをご飯と一緒に食べるのが名物なんじゃ。宇和島に来たなら、まずあそこは食いにいかんといかん」といった講釈がところどころに入る。ほとんど親父が一方的に喋っているので、適当に相槌を打ちつつも、興味のある店を見つければしばし足を止めた。港に近く、山に近い街は、面白いところが多い。



 「おぉ~、ハルちゃん。久しぶりやね」
 商店街の片隅で営業していた喫茶店に入ると、店のマスターが声をかけてきた。眼鏡をかけてほっそりとした中高年の男性だ。
 「おぉ、トシ、元気にしとったか」
 親父の名前は『晴夫』というので、『ハルちゃん』もきっと愛称のことだろう。こんな怖い親父によくこんな可愛い愛称がついたもんだ・・・それにしても、親父は友達と話す時にはこんな柔らかい表情をして話をするのか、と少し意外な感じがした。
 「えっと、こちらの若い方はどちらさん?」
 「あー、こいつはな、うちの倅なんだ。」
 「そういや、年賀状でも言うとったな~。立派な息子さんを持って羨ましい限りやわ。」
うちの父がお世話になっています、いやーそれほどでも、と相槌を打ちながら、出された珈琲を飲んでいると、親父が時計を見て突然驚いたように話した。
 「おぉ、もうこんな時間か。すまんな、トシ。他にも回らんといけんから、そろそろ行くわ」
 まだ30分しか滞在していないのに何故、という疑問は、あえて言葉に出さないことにした。
 「そうか。あわただしいもんだな。まぁ、また寄っとくれよ。」
 「あぁ、お互い長生きしようや。」
 くくっと60歳を過ぎた男たちは笑いあった。



 喫茶店を出て車に戻ると、親父がいそいそと地図帳を取り出した。

 「じゃあ次の場所へ向かうぞ。」
 「次はどこへ向かうの?」
 「えーと、まずは三丁目の斉藤の家に行って、次は五丁目の佐藤さんのところに・・・」

 結局、この日は親父の旧知の人たちに会うだけで暮れることになった。


*****

 予定していたところを全部回って、ようやく宿に着いた時には、既に辺りは暗くなり始めていた。ここの旅館も、親父の旧知の知り合いが経営しているところらしい。
 「ここはな、昔、明治の著名人たちも泊まったことのある、由緒ある宿なんじゃ」
 案内された和室の壁には掛け軸が飾られている。親父は和室に飾られた掛け軸の一つに顔を近づけた。
 「ほれ、ここに印鑑が押してあるじゃろう。見てみぃ。」
 歴史を勉強した人間ならば、誰でも知っている名前がそこにはあった。それを見てようやく、旅に来たんだな、という実感が湧き上がった。


 晩飯を食べて、親父が布団を引いてすっかり寝静まってしまった後に、お袋に電話を入れることにした。
 「今日は親父の昔の知り合いのところばっかり引き回されちゃったよ。」
 「あらまぁ、きっと友達の皆さんにあなたのことを自慢したかったんでしょ。」
 「うーん、しかし何件も一度に回るのはさすがに疲れたな・・・」
 「悪いわねぇ、お父さんのワガママにつき合わせちゃって。」
 「いやぁ、もうここまで来たら、とことん最後まで付き合うよ。」
 数分話をして、電話を切ろうとした際に、お袋がふとつぶやいたような気がした。

 「そういえば、あの場所は今どうなっているかしら・・・」





―――――――――――

 旅の二日目。今日は昼まで周囲を観光して、昼食を食べてから実家まで車で戻るつもりだ。
 親父が車に持ち込んだテープも聞き飽きたなぁと思い始めていた頃、親父がテープを入れているボックスを開けた。
 「そういや、お前さんがいつも聞いているテープをまだ聴いていないな。どれ、試しに入れてみるか。」
 親父は曲がかかる度に、なんじゃこの曲は、お前はいつもこんな曲ばっかり聴いているのか、とやや非難めいたコメントばかり口にしていた。ただ、一曲だけは論評の時にやや口調が変わっていた。
 「これはなんという曲なんだ。」
 「あぁ、これはキリンジの『鋼鉄の馬』というんだ。」
 「変わった曲名じゃなぁ。でもいい歌じゃないか。」
 親父が俺のテープの曲を褒めたのは、昔を思い返してもこの時だけだった気がする。


*****

 「あぁ、ここも変わってしまっとるなぁ・・・」
 この日は、親父が昔、この宇和島で働いていた頃に行っていた商店街や、海水浴場、飲み屋街などを回った。江戸時代からの街の風情が残っていて、俺は割と好きなのだが、親父には微妙に違って見えるらしい。住む人間が変われば、街の姿も変わっていくのだ。
 「さすがに40年も経つと変わってしまうんやなぁ・・・」
 残念そうに呟く親父にかける言葉は見当たらなかった。昔、親父が家で自慢気に話していた頃の宇和島の姿は、もう彼の頭の中にしか無いのだろう。


 昼飯を食べて、もう帰ろう、と伝えた時には、親父はもう何も言わなかった。疲れたのか、旅行の始めの頃と比べると口数も減ったような気がする。すっかり会話が無くなった車内では、井上陽水の透き通るような歌声だけが車のオーディオから響いていた。
 ふっと親父は呟いた。
 「・・・へ行きたい。」
 「え?なんて?」
 「海へ行きたい。」
 「今から?もう夕方だけど・・・」
 「構わん。海に夕日が沈むところを観てみたい。」
 やれやれ、また気まぐれか、とため息をつきながら、帰り道に海へ通れそうなルートを地図で探すことにした。
 「ここからだったら、ここの岬が近いと思うよ。」
 「じゃあ、そこでいい。」
 そこまで話すと、親父はぷっつりと黙り込み、車内にはカーステレオから流れる音楽だけが流れることになった。またA面から再生され直しだ。でも、井上陽水のテープもいい。たまには感傷に浸りたくなる時だってあるんだ。


*****

 「着いたよ。」
 「・・・・」
 「降りる?」
 「降りんでもいい。ここからでもよく見える。」
 親父を助手席に残して、俺は一人だけ下車することにした。背伸びをしながら、世界がオレンジ色に包まれてやがて暗くなっていく過程を見届けることにした。夕陽が海の中で燃え尽きる瞬間は、世界が最も輝く瞬間だと思う。海に太陽が沈む瞬間がこんなに美しいことを、いつの間にか忘れていたような気がする。
 そろそろ行くぞ、という親父の声が聞こえた。やれやれ、とドアを開けると、止めておいたはずのカーステレオは再生されていた。いつの間にか親父が再生したらしい。それをあえて指摘せずに、俺は再び車を走らせることにした。
 辺りはすっかり薄暗くなっていた。親父は車内で一言も発しなかった。沈黙に支配された空気を癒すために、テープは何回も再生され、何回も同じメッセージが再生され続けた。






 そして 心から

 幸福になりなさい





 親父が、ふっと口にした気がした。親父がテープの中に入れていた井上陽水の『海へ来なさい』のフレーズだろうか。だが、その疑問はあえて口に出さないことにした。聞くだけ、無意味だからだ。



 夜になると、高速道路では明かりと暗闇が交互に交錯する。
 そうだ。
 旅は、終わりに近づいているのだ。






――――――――

 旅を終え、東京に戻ってから半年ほどして、親父が亡くなったという知らせを聞いた。脳溢血とは、親父らしい死に方だな、と思う。喪主の務めを果たさないとならないため、休みを取って再び実家に戻ることになった。

 親父の遺品を整理するために、書斎に積まれていた本やら日記やらを片付けていると、ふと、お袋が呟いた。
 「そういや、旅行の時にお父さんから何かもらった?」
 「いや、何ももらってないよ。」
 「おかしいわねぇ。あの人は『渡すもんがある』って話していたから、てっきりもう渡してるものだと思ってたわ。」
 「机の中に入っているかも・・・てか、何を渡すつもりだったのか分からないから、どうしようもないなぁ。」
 「まぁ、別にいいんじゃない。あの人はあんたと旅行に行けただけでも満足だったんだから。」
 「へぇ、それは気づかなかったな。」
 「あの人は素直じゃないのよ。」
 お袋はくくっと笑った。
 「まぁ、いつかはこうなるかもしれない、と思っていたのかもしれないね。お別れの挨拶でも済ましたかったのかもしれないね。」

 ああ、そうか。
 親父はあれを伝えたかったんだ。



*****

 実家から東京へ戻る途中、再びキリンジの『鋼鉄の馬』を聞いた。




 どこへいこう



 旅は、いつもこの問いかけから始まる。
 そして、車は誰かを乗せて道路を駆けていくのだ。

 誰かに見せたい風景が、そこで待っているから。




   完
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